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講談社やら集英社やらのライトノベル作家みみとミミの物書きブログ
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「ぎゃあああああああああああああ」
 そこにいたのは、天武高校男子硬式野球部監督、宮山鉄斎その人だった。
「やあおれはみややまかんとくのおしえをこうべくてんこうしてきたのですよええほんとにばんざい」
「安心せい、ワシは私情を挟むようなことはせん」
 お、おお……後光が!
「が、肩の壊れたキャッチャーなどウチには要らん」
 差してねぇよ、こんちくしょう!
「いやいやそこをなんとか、いよっ! 日本一の監督!」
「ただ……ワシを上回る指揮ができることを証明できるなら、いいじゃろう」
「へ?」
 何それ。
「一ヵ月後の女子との試合、ワシが率いる男子野球部に勝てたら認めてやるといっておるのじゃよ。かっかっか」
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「悪いな。約束とはいえ、そこまででかい望みは聞けない」
「っ! どうしてよ!? 勝てるんでしょ!?」
「もちろんだ。そうでもなきゃあ――」
 俺の言葉は途中まで。

「――肩の壊れた捕手は、使えない」

 そこから先は、ひながたつぶやいた。
「……ま、わざわざ学校に呼ぶくらいだから知ってて当然か」
 かん、と俺はバットを軽く叩いた。
 島谷という超高校級捕手が、『使えない』と烙印を押された原因はそれ。
 ほんの三メートルすらバウンドさせずには投げ返せない肩は、それだけで『欠陥品』と呼ばれてもしかたのないものだった。
「だがな、この高校でレギュラーを取るくらいはわけないぞ」
「そう……なの……?」
「ああ、見ての通りのバットコントロールに長打力、加えてここの監督を大幅に上回る指導力に指揮能力。この学校の不振は、どーせ名前だけのお飾り監督のせいだから、俺が横から席を分捕っちまえばどうとでもなるって寸法よ!」
 かっかっか、と大笑い。
「ほう、ワシはそんなにどうしようもないのか」
「そうだなぁ、代打や代走に悩むくらいなら俺は真っ先に監督代えるね。そこらの小学生に」
「なら、貴様のすばらしい作戦指揮能力があれば、ワシが率いる男子部など楽勝なわけだな」
「あたぼーよ。簡単簡単……ん?」
 ……ワシ?
 そういえば、なんか後ろから声が聞こえてきてるような。しかも、ひなたのものとは思えないほど低い……。
 ぎぎぎ、と振り返ると

 バッターボックスに降りてきたひなたに俺は声をかける。
「いや、いい度胸してるよ、お前。女にしとくのがもったいないくらいだ」
「……それって褒め言葉のつもりなわけ?」
 ひなたは憮然とした顔をする。
「褒めてるとも。まさかまさかの三連続。最後の一球はカーブもかかっていたとはいえ、あのスピードを三球続けて投げ込むなんてすさまじい精神力だろう。まったく完敗。いやはや、かないませんわ、お嬢様。ひなた様」
 なんか、言えば言うほど表情が険しくなっていくような気がするが。
「というわけで、俺はこの辺で失礼――」
「負けたらなんでもいうこと聞いてくれるんでしょう?」
 うっ、バレた……。
「はぁ……」
 ため息が漏れる。
「……で、俺は何を買ってくりゃいい?」
「ねえ、ひとつ聞いていい?」
 無視ですか。
「ああもう、なんでもいいよ。いくつでも答えるからどんどん聞け」
「そう、じゃあ聞くけれど――このチーム、男子に勝てると思う?」
 ん?
「男子っつったって、ピンキリだろ。甲子園優勝校なんかなら瞬殺されるだろうし、小学生相手ならコールドとれなきゃおかしい」
「なら、ウチのだったら?」
「は?」
「あたしたちが野球の試合をしてウチの男子部員に勝てるか、って聞いてるのよ。莫迦」
 ウチの男子部員。つまり、天武高校の男子硬式野球部員。予選上位クラスの野球部員を相手に、勝てるかと聞いている。
「ふむ……」
 アゴに手をあて、一考。
 投手力はともかくとして、守備がああもお粗末で、打撃は未知数。
 守備レベルと同等と考えるなら、打撃も捨てにかからないといけないだろう。
 となると――
「無理だな。お前がどれだけ力投しても、十回やって十回負ける」
「だ、だったら、一ヶ月の練習時間があったなら!? ちゃんとした指導も受けられるものとして!」
 一ヶ月使えれば、まともな指導者は守備を直す。
 動き自体は悪くなかったのだから、基礎だけなら一ヶ月あればたたきこめるはずだ。
 その上で、打撃力を強化して、適切に弱点を突いて戦ったとして――
「だとしても、十回やって十回負けるだろうな」
「くっ……!」
 ひなたが悔しそうに唇をかんだので、
「ただし――」
 もう一言。
「――俺が試合を指揮したなら、わからんぞ」
「……え?」
 エースナンバーの付け方を間違ってる監督じゃあ無理でも、俺なら――お前を、ひなたをうまく使ってやれる!
 ひなたには、ぞくぞくするくらいのすさまじい球速差って武器がある。
 たとえどんな欠点があったとしても、それだけで十分にいける。
「男子の監督も采配へったくそだからな。ちゃんと頭使って勝てなきゃ嘘だ」
 あっはっは、と高く笑う。
「……あんたへの、お願い決まったから聞いてよ」
 びしっと俺の鼻先に人差し指を突きつけて、ひなたはほえる。

「監督になって、指導して、一ヵ月後にあたしたちを勝たせなさい!」

 とても、冗談を言っているような顔ではなく。目尻に涙を浮かばせながら、だった。
 興奮でなのか上気した顔。小刻みに震える指先。凛とした表情にまったく似合わぬそれらが、決意をにおわせる。
「……ダメだ」
 だが、それでも、
「俺は甲子園へ行く。だから――そんな暇はない」
 俺は、応えない。

 一球目、二球目ともにスローボール。
 コントロールこそ平凡だが、ひかげと寸分たがわぬフォームから繰り出されるあまりの速度差。その速度差こそがひなたの最大にして、他のピッチャーが持てぬほどの強力な武器なのだろう。
 球速80キロ。これはプレートからホームベースまでの18.44メートルを約0.83秒で通過する速さだ。これが球速140キロだと0.48秒。実に0.35秒もの差がある。
 野球を数字で考えたことがなければ、この0.35秒という時間を大きいものと捉えることは難しいが、これはすさまじい大きさだ。
 俺のバットのヘッドスピードは、こちらもおよそ時速140キロ程度。そして、バットの長さは最大でも1.067メートルと定められている。
 仮に、支点から0.8メートルの位置にボールが飛び込んできたとすると許される角度はおよそ前後50度ずつ。これを解くと、バットがボールを捉えることができる時間はわずかに0.0479秒だけ。
 0.35秒のズレがいかに大きいかわかるというもの。
 だから、三球目は速球を待ちながらも、長打は捨てる。
 ただただミートに徹して、速球をセンター前にはじき返すことだけにしぼる。遅い球であったならば――
「――ちっ!」
 放られたのは、さらに遅い七十キロほどの球。ベースを通過するまでにかかる時間はなんと0.95秒。だが、それでも――

 ――カットしてみせる。

 読みの外れた球を『なかったこと』にする技術。それがカット。ファールに逃げる能力だ。
 一流と呼ばれる打者はいくつもパターンがある。しかし、いずれも高いバットコントロール技術を持ち、得意な球で勝負することができる。
「俺は、お前の――」

 ――速い球を打ちてぇんだよ!

 ボールは、緩やかに軌道を変え、スイングの下をくぐって、ミットに収まった。
 よくコントロールされた、スローカーブだった。

 飛ばしにくい球と打ちにくい球は異なる。
 違いは簡単だ、飛ばしにくい球は飛距離が出ないのに対して打ちにくい球はそもそもバットに当たらない。
 では、打ちにくい球とはなんだろうか?
 ノビのある速球? キレのいい変化球? それらもだ。
 しかし、本当に高いレベルになってくると、多少速い球だろうと曲がる変化球だろうと『バットに当てる』ことまではできるようになってくる。
 そういう意味で、ひなたの球は最悪に近いほど――打ちにくい球だった。
「空振り……?」
「――っ!」
 ぽかん、とした顔を見せるひなた。
「次の球来ぉい!」
「え、あ、うん」
 ごくり、と生唾を呑む。
 だまされたわけじゃあない。
 十分考慮していた球だった。
 ただ想定を大幅に超えていただけで。
 ひなたが構える。
 振り被り、十分に力の入る投球フォーム。だが――それはフェイクの可能性を秘めている。
「くっ、またか!」
 待って待って待って――ギリギリでカット。
 打ちにくい。
 かつて経験したことがないほどの、打ちにくい球。
「次、最後だ! 来い、相模ひなた!」
 正体は、超スローボール。
 百四十キロを想定したスイングコースに放たれる、速度差六十キロの緩やかな球。
 最も打ちにくいのは、恐ろしく速度差のある球を持っているピッチャー。
「よ、よくわからないけど、あたしにはあんたを抑えられる可能性があるみたいね」 
 ツーナッシングからの最後の一球が、ひなたの腕から放たれた。

 


 バットのグリップを握る手が、少し湿っていた。
 それを制服のシャツの腹でぬぐい、軽くバットを振る。伸びをして、あくびをひとつ。さりげなく。わざとらしく。不敵を装って。
「あーもう、余裕面腹立つ!」
 ばしん、とロージンを地面にたたきつけるひなた。ガシガシとマウンドを荒っぽく直し――むしろ荒れてしまったそこをもう一度均す。
 内心、冷や汗ものだった。
 気づかれてはいないだろうか。フランシアのときは『狙って』ライトに流し打ったが、ひかげのときは『差し込まれて』ライトに流れたということに。
 百三十キロ台前半まではありえると思った。
 優しく触れねば折れそうな印象がある彼女にそれほどの速球が出せるとは思いにくかったけれど、それでも可能性としては考慮していた。だから、『ギリギリ』打てたのだ。仮に、もう若干コースや高低が厳しかったら、球に重みがあったら話は変わっていたに違いない。
 ゆえに、『フランシアの打球の落下地点を超えた』ことは笑い話にしかならない。
 今度の相手は、その双子の姉。
 油断はしない。次の速球は――ずばり、百四十キロ!

 女子だからありえないなんて、考えちゃダメだ。
 一瞬でもその疑念を持てば、スイングは鈍る。球を捉えきれない。負けてしまう。
 百四十キロの球をセンター返しするイメージを持って――
「……ふっ!」
 ぶぉん、と一振り。
 イメージの中のひなたの球はきれいにセンター前にはじき返されていた。
「さあて、そろそろいいか?」
「待ちくたびれたわよ。さっさと構えなさい」
「いつでも来ぉい!」
 プレートに、足が付いた。
 ひなたの投球フォームは、ひかげのものとまったくといっていいほど同じ、本格派のオーバースロー。体いっぱいをフルに使って投げ込む力強い動き。それにもかかわらず、腕の出は遅く手の返しをじりじりと待たされる。
 だが、戸惑わない。始動は早く。早く。バットを引き、肩を入れ、腰にエネルギーを蓄え、タイミングを微調整しながら、微調整しながら、調整――


「はぁっ!?」


 ――それは、ありえない球だった。

 


 経験者は六人だった。
 部員が十人しかいないことを考えればなかなかの割合で、フランシアのようにソフトボールからの人間も四人いた。逆をいえば、『野球のピッチャー』をしたことがある人間はふたりしかいないということ。
 なるほど、打ってみれば彼女たちの球筋も悪くはない。フランシアにこそ劣るが、いずれもアンダースローのきれいなフォームをしており――その分タイミングは合わせやすかったが――『経験者らしさ』というものが見て取れた。
 まあ、『打ってみれば』なので、

 かきぃいいん

 かあぁああん

 きぃいいいん

 がこぉおおん

 と、四人はあっさり沈んだのだが。
「さぁて、ひかげちゃん。勝負だ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
 びくびくと言動こそ落ち着きないが、マウンド上での立ち居振る舞いはどうだ、立派なものじゃあないか。
 すでに五人が登ったマウンドは、荒れてはいないものの少々『違う』。ひかげは、ごく自然にそれをならして自分用のマウンドを作り上げていく。彼女のこれまでを考えれば、待たせてはいけない、とそのままのマウンドで一秒でも早く投げ込んで来そうなものなのに、だ。
 左手でグリップエンドを感じるように握り、ピッチャーに向かってまっすぐ伸ばす。重力に任せて降ろし、右手を添える。右バッターボックス内からホームベースの隅をそれぞれ一回ずつバットで叩く。
 ――面白そうな相手には、全力でかかる。
「い、いいでしょうか、島谷さん?」
「おーぅ、いつでも来いよ」
 左手のグローブを構え、右足を引いた。
 ゆったりと大きく振りかぶり、体をひねる。
 安定した下半身はその腰の回転をらせん状に伝え、限界まで絞られた右腕は胴体よりよほど開きが遅い。
 オーバースロー。
 それも、『本格派』と呼ばれるような強烈なもの。
「ええいっ!」
 その、マヌケな声に、ぞくり、とした。

 ――速い。

 肩肘手首が柔らかなのだろう、ギリギリまでの球持ちは実際の速度よりもさらに五キロ、十キロを感じさせた。
 戦慄した。
 まさか、これほどとは。
 ひかげは、圧倒的な速球を持つ投手だった――

 

 

 ――女性としては。

 かっきぃいいいいいいいいいん

「まあ、こうなるよな」
 フランシアの最後の球よりなお遠く、球場であったなら場外の位置までボールは飛んでいった。
「す、すごいです……」
 さて、本当にすごいのはどちらだろう。
 ひかげの球は、百三十キロ台前半。女子としても高校球児としても相当速かった。また、フォームのよさもあり、体感としては百四十キロに届いていた。
 が、『それだけ』だった。
 コースも高低も甘く、球質も軽い。その上、ノビがないときている。たとえ百四十キロが投げられたとしても、ひかげは高校野球の上位選手にはまるで通用しないレベルのピッチャーといえた。
 野球においてしばしば語られる『球質』や『ノビ』というものは、ボールに加わる回転が大きく影響している。
 回転の多い球はバットに当たったとき、比較的飛びやすくなる。こういう球を『軽い』と評する。
 だが、その一方で回転が多い球は『ノビ』を得る。回転により自由落下の距離を短くすることにより、バッターの想像よりもボールが上を進みやすくなり空振りを撮りやすくなるのだ。
 このふたつは、他のさまざまな要素から完全ではないにしても両立する。
 そこにおいて、ひかげの球は『軽くてノビがない』という残念なものであった。
「で、最後が暴力――もとい、ひなた、か。期待してるぜ?」
「あんまり期待されても困るけど……負けたくはないわね」

 勝った、と佐藤フランシアはマウンド上でほくそ笑んだ。

 フランシアはいいピッチャーである。
 左アンダーという希少性に加え、ブレーキの利いたカーブと鋭く曲がるスクリューを持ち、ストライクゾーンをおおよそ四分割に投げ分けられるコントロールも携えている。女子でありアンダーであるがゆえ最高球速こそ百十キロ台後半であったが、軟投派としてはほぼ完成しているといえた。
 そのフランシアを、島谷は手玉に取ってもてあそんでみせた。
 ここまでの八球、コースも球種も選ばず狙った場所に打ち上げる――これがいかに奇跡めいたものか。特に、二球目。勝負の場でキャッチャーフライを狙い打ちできる高校生など東京中を探しても何人いるだろう。
 生半可な実力差では作り得ない状況。
 ――しかし、そうでありながら、フランシアは勝ちを確信していた。
 ロージンを放り捨て、ボールを握る。
「その慢心――せいぜい利用して差し上げますわっ!」
 狙い打つ場所を定め、打撃姿勢まで定める。これがどれほどのカセとなるのか、コイツはわかっていない。
 百十キロ台なら体勢を立て直してからでも打てるとでも思っているに違いない。
 それが、『慢心』。
 と、フランシアは嗤う。

 なぜなら――最高球速百十キロ台のフランシアが投げることのできる最高球速は、『百十キロ台ではない』から。

 フランシアが取った投法は、オーバースロー。
 そして、投げられた球は百二十キロ台中盤の渾身のストレートであった。
>>
 大飛球は、追うライトの頭上をはるかに越えていった。
 グラウンド数枚を合わせたような形を取っているためフェンスはなかったが、飛距離は十分と見えた。仮にホームランとせずとも、軽く走れば十分ランニングホームランになるくらいには飛んでいた。
「さーて、体もほぐれたし。そろそろ本番行こうかー」
 さわやかさ百パーセントの意地悪な笑顔で俺は、素人ピッチャーに『勝負』をうながす。
「……どうやって打ったんですの?」
「んー?」
「アレは――あの球は、打てない球のはず! どうして、なぜ、打てたんです!?」
 噛み付く勢いだけは立派なんだがな。
「あのな、素人ピッチャー」
「佐藤フランシアですわ」
「んじゃ、フランシア。逆に問うが、なんでお前はあの球なら打たれないと思った?」
「それは……まず、徹底して球の速さを偽ったこと。八球目には、すでに二度打たれたコースへ同じ変化球を用いてまでして、九球目のオーバースローでのストレートの速さから外しましたわ」
「他には?」
「クローズドスタンスに一番きつい、インハイを選びましたわ。極端に打撃フォームを変えるかスタンスそのものをいったん崩さない限りは、どのようなスイングをしたとしてもバットの芯には当たらないコースだからですの」
「……他には?」
「ありませんわ。これ以上考えることなんでないでしょう?」
 だから、素人レベルなんだというに……。
「なら、聞くが、お前が打席に立ってクローズドスタンスを取っているとして、相手ピッチャーからインハイにストレートが放り込まれると分かっていたら、どうだ?」
「打てるに決まってますわ。少々速いストレートでも、まったく関係ありませ……あああああっ!?」
「ま、そういうことだ」
 ここまでの配球を見れば分かる。コイツらはピッチャーとバッターの駆け引きってものがさっぱりわかっちゃいない。
 少しばかり投法が珍しい?
 若干コントロールが利く?
 そこそこ変化球がキレる?
 んなもんは単なるオマケだ。よほど、絶対的な『力』を持ったピッチャーやバッターでもない限り、マウンドとバッターボックスは常に駆け引きの場となる。
 ま、その辺もわかってないんだろうな。
「決着はついたとみてもいいか?」
「……」
 フランシアは額から流れ落ちた汗をぞんざいにぬぐい、うつむくように首肯した。
「お好きに命じなさい。……わたくしの名にかけて、どんなことでもしてみせますわ」
「んじゃ、ジュースでもパシって来――」

 ぽん

 と、一塁ベースよりややファールグラウンドよりでボールが跳ねた。
 あわててキャッチャーが数歩動き、捕球。
「ご、ごめんなさい、送球それましたぁ」
 声の主はひかげ。
 ライト後方からの返球だった。
「ひかげさん、送球をするならするできちんと声を上げるべきでしょう?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 ライト後方――本来ならフェンスのある位置――からの返球だった。
 推定遠投距離、八十メートル以上。
 この数字は、男子でも簡単には出せない。
「まったく……わかりましたわ。次からは気をつけてください。……さ、わたくしは何を買って来ればいいんですの?」
「……いや、気が変わった」
「え?」
「――投手経験のあるヤツ全員と勝負させろ」
 ちょっとだけ、おもしろくなりそうじゃないか。

 


 一種異様な光景だった。
 ピッチャーからライトまで、背番号をつけた全員が女子。
 俺の野球人生の中でも、この光景を前にバッターボックスに立つのは初めてだ。
「勝負する前に、ひとつ頼みがある」
 足元を均し、バットを握る。素振りは軽く、誤差の調整をするつもりで。
「聞くだけ聞いて差し上げますから、どうぞ、お言いなさい」
 マウンド上の素人ピッチャーはといえば、すでに肩も温まっているのだろう、不敵な笑みと共にグラブの中でボールをこねている。
「転校するにあたって、ちょっと俺練習するヒマがなくてな。九球だけ、練習に付き合ってくれないか?」
「いいですわ、ストライクゾーンに投げることだけは約束しましょう。空振りまでは責任とれませんけれど」
「そいつぁ、どうも」
 左手でグリップエンドを感じるように握り、ピッチャーに向かってまっすぐ伸ばす。重力に任せて降ろし、右手を添える。右バッターボックス内からホームベースの隅をそれぞれ一回ずつバットで叩く。
 これは、ジンクスというものだ。
 俺が成功したときの動作をひとつひとつ加え、そのときの感触を体に思い出させる作業。それがうまくいったことを、握るバットが教えてくれた。
「ま、よろしくな」
「行きますわよ……」
 すう、と振りかぶり、素人ピッチャーの左腕が潜り込む。
 サイド気味のアンダースローながらも腕の出は遅く、右対左の見易さがあってなお球持ちのよさを感じさせる。
「喰らいなさいっ!」
 ストライクゾーン。インハイへのストレートが伸び――

 かきん、と金属バット特有の高い音が響いた。

「ふふん、どうです。わたくしの球は?」
 マウンドから一歩も出ることなくさばける、ピッチャーへのポップフライ。
 その一球をだけ見れば、勝者は間違いなくピッチャーだろう。
「なかなかいい球だ。褒めてやるよ」
 ぴく、と素人ピッチャーの顔がこわばる。
「……いいですわ、それなら完膚なきまでに叩きのめしてあげますわっ!」
 同じくサイド気味のアンダーから放たれた一球は、先ほどより少々遅くアウトローへと沈んでいく。
 スクリュー。
 左サイドや左アンダーのピッチャーが好んでウイニングショットとして用いる球種。右バッターから遠くへ遠くへ逃げるその球は、捉えにくく空振りを誘いやすい。
 だが、想定される球種のひとつ。俺は、迷いなくバットを届かせ――

 かん、とより鈍い音が響く。

「どうかしら? これでもまだ、足りませんこと?」
 キャッチャーへのポップフライ。これもまた、一歩も動くことなく処理された。
「残り七球だろ? 肩が冷えないうちにどんどん投げてくれよ」
「――っ! なら、お望みどおりどんどん行きますわよ!」

 アウトハイにストレート。ファーストフライ。
 インローにストレート。セカンドフライ。
 インハイにカーブ。サードフライ。
 アウトハイにストレート。ショートフライ。

 そこまで続いて、ようやく素人ピッチャーも顔色を変えた。
「――なら、これでっ!」
 一球目と同じく、アウトローへスクリュー。
 しかし、俺は捉えそこなうことなく――『レフトフライを打ち上げること』に成功した。
「ふぁあ……なーんか、眠いなー」
 俺はわざとらしくあくびをひとつ。
「あんまり遅いから、アウトローなのに引っ張っちゃったよ。あはははは」
「くっ!」
 アウトコースは引っ張りにくいというのが野球の常識だ。
 体から遠い球にバットが衝突する角度はどうしても外よりにならざるを得ないことが理由なのだが、『それなのにレフトフライになった』。いや、そうなるように仕向けた。
 高校野球では、背番号はピッチャーから順に番号を与えられることが多く、その並びは『ピッチャー、キャッチャー、ファースト、セカンド、サード、ショート、レフト、センター、ライト』となる。

 かきぃん

 三度放たれたアウトローへのスクリューを捉え、センターフライ。定位置から三歩動いただけで処理は終わった。
 つまり、最後は――
「次が九球目か。いやー、いいところないなー、俺。困った困った」
「――っ!」
「でもま、締めはかっこよく――ライトスタンドに運ぶってのも、面白そうだなー」
 ばしん、とロージンがマウンド横にたたきつけられる。
「じゃ、狙い打ちしてみっかー」
 と、俺は右足を背に引いた、クローズドスタンスで構える。それも、流し打ちをするためだけの、それ以外の用途はないような――極端なフォームで。
「来いよ、エース様。遊ぼうぜぇ!」
>>

「きゃあっ! レフトぉ!」
 白球が舞う。
「ま、待って待って待ってぇ!」
 選手が走る。
「は、入ってたぁ!」
 ギリギリからのスライディングキャッチで、偶然グローブに飛び込んでいたことを喜ぶ。
 いずれの声も高く、ともすればここがグラウンドであることを忘れてしまいそうになる。
「わー、すごいですー♪」
 みゆきは手を叩いた。
「あのセンターはウチの中で一番足が速いのよ。見ての通り、男子にだって負けない守備範囲でしょう?」
 ひなたはどうだ、といわんばかりに胸を張った。
 投手はセットポジションに立ち、左下手から次の球を放つ。
 内角に食い込む球に対応しきれず、打者はセカンド後方へのポップフライを打ち上げてしまう。
「おっけー、セカンドぉー!」
 下がるセカンドの後ろをカバーすべくライトとセンターとショートとファーストが回り込み、しかし落球はなくセカンドは優々とフライを処理した。
「わー、すごいですー♪」
 みゆきの評価はあんまり変わって見えないのだが、とりあえず放置。
「このセカンドは捕球から送球姿勢に入るまでがかなり早いわ。難しい姿勢のまますぐにベースへボールを寄せられるのは、男子のレギュラー並だと思うの」
 それはいいんだが、
「……これはどういう状況を想定しての守備練習なんだ?」
「え?」
 なるほど……。
「いや、いいよ。気にするな」
「ちょ、ちょっと何よ。気になるじゃない。教えなさいよ!」
 いや、だって……その質問で返ってきた答えが「え?」の時点で、説明しても無駄だし。
「いいから教えなさい。あんた……まさか、あたしの肌を見ておいて、ぼけーっと練習眺めるだけで許してもらえる打なんて思ってるんじゃないでしょうね?」
「わかったわかった、そうにらむな」
 めんどくさいなぁ、とため息をついて、
「直前の守備。セカンドフライに四人の野手が集まっていたが、アレはなんだ?」
「カバーでしょ?」
「……お前は、ノーアウト満塁でもああいうカバーリングする内外野があったとして、疑問に思わないのか?」
 そこまで聞いて、ひなたもようやく気が付いたのか、手を打った。
「なるほどね、そういわれてみれば状況がよく分からないわ」
「というか、守備が終わってないのにマウンドで仁王立ちしたままのピッチャーはなんなんだ? ファーストまでセカンドフライのカバーに回って、ファーストがガラガラじゃないか。素人か、あのアレは?」
 状況が分からない、というレベルの話ではない。
 基本的なカバーリングの仕方さえ分かっていないのだ。
 その上、
「素人とは――聞き捨てなりませんわね?」
 くだんのお山の大将が、悪びれることもなくやってくるし。
「わたくし、投手たるものは投球以外で無駄な体力を使うべきとは思いませんの。しょせん、練習ですし」
 縦ロールだった。
 金髪が豪奢に輝く長身の美人。
 日本人らしい顔立ちに似合わぬ均整の取れたすらりとした体つき。
 せいぜいひとつ年上までだというのに、『女性』といいたくなる雰囲気をまとっていた。
 が――
「おう、素人ピッチャー。すまんな、聞こえちまったか素人ピッチャー。悪気があっていったわけじゃないんだ、許せ素人ピッチャー」
 びき、とそのピッチャーの顔がこわばる。
「い、いってくれるじゃありませんの……」
「さて、何のことやら」
「いいですわ、勝負なさい!」
 ほー。
「ま、同じ暇つぶしするなら、身体を動かしてた方が好きだし……俺は構わないぜ?」
「暇つぶしとは大きなことをいってくれますわね……」
「大きなことを言ったつもりはないがね」
「いいですわ! そこまでいうからには、賭けに乗ってもらえますわね!?」
 ほう。
「おもしろい、乗った!」
「条件さえ聞かずにとは……なめられたものですわね」
「何、ただめんどくさがりなだけだ。気にしてくれるな」
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