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講談社やら集英社やらのライトノベル作家みみとミミの物書きブログ
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私は神に会う覚悟ができている。
私と会見するという厳しい試練への準備が神の側にできているかどうかは別問題だが。

――チャーチル


私は義理の妹やメイドさんや幼馴染に会う覚悟ができている。
私と会見するという生ぬるい試練への準備が義理の妹やメイドさんや幼馴染の側で行われているかどうかは別問題だが。

――ミミ


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なんだか国連の話がそこそこ受けたので、同じように実生活ではまったく役に立たない豆知識でも書こうかと。


さて、今回は転生、ダライ・ラマについてです。

ダライ・ラマといえば、中国政府となかなか折り合いが付かないチベット亡命政府の指導者的存在のダライ・ラマ十四世を思い浮かべるかと思います。
十四世、とありますが、ダライ・ラマは子供に名前を繋ぐのではなく生まれ変わり先に名前を繋ぐという一風変わった敬称の仕方をしていることはご存知でしょうか?
そう、現在の十四世は十三世の生まれ変わり、十三世は十二世の生まれ変わりなのです!
チベットの民を、ひいては世界中の人類の救済のために生まれ変わり、指導を続けているのです!

……公式には。

実態はどうなのか、と歴史を紐解いてみましょう。
ダライ・ラマ制度が始まったのは、西暦1578年。キリストさんや仏陀君と比べるとかなり最近です。
モンゴルの王族から称号として授けられたのが最初とされています。

さて、当時のチベットはどんな感じだったのか。
今も昔も変わらぬ仏教ブームの真っ最中で、各宗派ごとに熾烈な信者獲得争いが起こっていました。

A「ちょっとちょっとお兄さん。うちの宗派どうよ?」
B「ばっか、こっちのがすげーって。チョーいけてんじゃん?」
C「いやいや、我らが宗派こそチベット最強でごわす」
A「邪魔すんなよ!」
B「てめぇこそ!」
C「ぷぴー!」

そして、その獲得合戦の中で特に重要だったのが、指導者の能力――カリスマ性でした。

A「うちの和尚すごいよー。目からビーム出るし!」
B「何ぃ! おれっちのとこなんか鼻からもビーム出るぞ!」
C「それがしの住職は耳からもビームが出るでごわす!」

そう、世はカリスマ和尚の宣伝で埋め尽くされていたのです。


……でも、問題がひとつ。

そんなすごい和尚も、やっぱり人間。
いずれはぽっくりしっかりちゃっかりお亡くなりになります。
そうなると困るのが後継者問題。
すごい和尚並の実力者がいればいいのですが、そんなに都合よくは行かないわけでどの宗派も頭を悩ませていました。

そんなときに、ある宗派のひとが画期的なことを思いつきました。

「そうだ! 新和尚は、旧和尚の生まれ変わりってことにしよう!」

これがめっちゃ受けた。
転生なんていう神秘的な言葉に、信心深いチベット人たちはふらふらとよって行く。
しかし、これを見てそのままにしておいちゃあいられない。
我も我も、とあっという間に広まり――

空前絶後の和尚転生ブームが到来しました。


お待たせしました、ここでようやくダライ・ラマ三世が現れます。
三世です。誤植じゃありません。
なぜ三世かというと、一世と二世にはすでに故人となっている有名なひとを割り当てたからです。
これが1578年のこと。
そのとき、強大な軍事力を持っていたモンゴルの王族に取り入って称号を与えてもらったわけです。

ここで重要なのはその次のダライ・ラマ四世です。

「おめでとうございます。偉大なるダライ・ラマ四世はあなた様のご親族であらせられます!」

と、いっちゃったひとが現れたのです。
そういわれちゃったらモンゴル王族も悪い気はしない。
チベットでダライ・ラマの地位が確立できるよう軍事的にもアレコレと支援を始めちゃうわけです。

……そして、ダライ・ラマ五世、1642年。ついにダライ・ラマがチベットの政権を奪取します。

ここまで来てしまえばもう、あとは歴史の繰り返しです。
ダライ・ラマの系譜をもっとかっこよくして、民衆にはそれを信じ込ませて、チベットの歴史はダライ・ラマと共にあり! としてしまいます。
めでたしめでたし――



……で、終わらない。

チベットを統一した五世はわかった。
じゃあ、そのあとは、というと九世ごろからダライ・ラマ制度の問題が明らかになってきます。

そもそも、適当に子供を選んで
「生まれ変わりGETだぜ!」
とやっているわけです。
そして、ダライ・ラマが正式に決まれば、そのダライ・ラマともっとも深くかかわるのは発見した僧です。
つまり、チベットの権力はダライ・ラマ探しにあり!

……とまあ、こんな風潮になっちゃったわけです。


「よーし、ダライ・ラマ探せー」
「「「「「「「「「「「「「「「はい、この子がダライ・ラマの生まれ変わりです」」」」」」」」」」」」」」」
「ちょwwwおま、多すぎwwwwww」

そうなるとしかたないから、第一次共通ダライ・ラマ選抜試験とか行われるわけです。
でも、そんな僧侶たちですから、当然のように試験問題の流出が横行します


それどころか、実際に九世から十二世まではかなり若くしてなくなっています。
……どうも、暗殺っぽいです。




gdgdが極まると笑えません。勘弁してほしいです。

そんなダライ・ラマ制度でしたとさ。


以下、コメントレス。

>|・ω・|人|'ω'| 最近出番がないよぅ、トミー(7/11拍手)

本日の営業は終了いたしました(何
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無題
じつゎ私もダライra
NONAME 2008/07/12(Sat)18:38:25 編集
無題
残念、それはわたしのおいなりさんだ
NONAME 2008/07/13(Sun)00:12:37 編集
無題
じゃあそのお稲荷さんがダライラマだ
NONAME 2008/07/13(Sun)01:01:13 編集
無題
さぁ試験に参りましょう
NONAME 2008/07/13(Sun)01:42:01 編集
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