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講談社やら集英社やらのライトノベル作家みみとミミの物書きブログ
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さて、昨日は全体の当たり障りのない話ということで……今回は、最大の衝撃を受けた話。

選評のことなのですが、

中村航先生
『魔王な使い魔と魔法少女な正義部員』
 良い意味で問題作だと感じた。物語の前半、主人公の自我は、「対象との距離の取り方」で固くガードされている。そのガードが後半、優しいものを守りたい、という隠された意志によってゆるやかにほどけていく。説明だけではなく、文章の流れでそのことが表現されていたのは見事だった。受賞に至らなかった理由として、特に前半、その「対象との距離の取り方」によって、読み手にかなりの忍耐を強いてしまっているということがあろう。うまく改稿されれば、傑作になり得る作品だ。

読んで、震えるほど驚いた。


私が書いてる中編以上のお話は、基本的に『ズレている日常』が非常に重要な要素となっています。
特徴的な外見や性格などを持った――いわゆる『テンプレ』的なキャラクターが、ドタバタな日常をほのぼのと送るのがいつものパターン。

でも、よーく見てみると、それらのキャラクターは少しずつどこか『壊れて』いて、『その結果としてテンプレ的に見える』という構図をとります。結果として、であることがものすごく大事なのです。

たとえば、
明るい犬娘。だけれども、その実は仮面の中身を見失った、尽くしてくれるひとりのために尽くされ続けることを選んだ幼い子供。
無感動な猫娘。だけれども、その実は偏執的にたったひとりのために尽くす、他のなにものをも失った弱々しい子供。

今回選考にかかったものでいえば、主人公からしてそう。
いやいや正義を執行し続ける魔法少女であり、それを隠して平凡に友達をあしらいながらすごす高校生。だけれども、その実は――他の何かに頼ることも近付くことも避けて、ただただ破滅を望み、しかし、その行動が本当に遺志の実現のためと本人は思っていながらも、そうではない。

――というような、非常に複雑な構成をしています。


中編であれば、比較的わかりやすい謎解きで意味を理解できるようにしていますが……長編ということもあって、これはもう「不可能だろう」と読解されることをあきらめていたテーマの本質であり物語における問いでした。

なので、その正鵠を射られたことに、ひどく驚きました。


プロ作家、選考委員……というよりも、中村先生個人を恐ろしい、と感じています。

コメントレスは明日まとめて。
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